2004年 11月 14日

「日本一の野球馬鹿」の思い出

いつも私の好き勝手な思い入ればかり綴っている当ブログですが、
今日は過去の選手に対する個人的な思い入れの話オンリーです。しかも超長文です。
知らない方にとっては全然面白くない内容である事をお許し下さい。
誰ですか?「普段から面白くない」って言ってる人は(笑)

今朝、たまたま見たフジテレビ「めざましどようび」で、
パンチ佐藤が過去の名選手のもとを訪ねるというコーナーがありました。
(初めて見たので、コーナー名とか詳しい事はわかりませんが)
そこで、この人が出ていました。

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カズ山本こと山本和範

皆さんにはどちらの名前が馴染みでしょうか。
福岡ダイエーホークスファンなら前者、
南海時代からのホークスファンなら後者の方が馴染みかも知れませんね。
独特の風貌と強烈な個性で、パ・リーグファンなら覚えている方も多いと思います。



プロ球歴
 '77~'82:近鉄バファローズ
 '83~'88:南海ホークス
 '89~'95:福岡ダイエーホークス
 '96~'99:(大阪)近鉄バファローズ

写真は2度目の近鉄時代の頃ですね。

どこかで書いたかと思いますが、私がホークスファンになったのは'98年あたりからです。
しかしそれ以前、南海の時からホークスには興味を持って見てました。
その理由の一つには、私がこの選手が好きだったからというのがあります。
今日の「めざましどようび」で、現役時代の事がVTRで紹介され、私もその頃を思い出しました。
そのVTRで取り上げていた事にちょっと私の知ってる話も加えて、
今日はこの選手の事を語らせて頂きます。



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私が山本を知ったのは'84年あたり、南海でレギュラーで出てきだした頃でした(もう20年前かよ)
'82年オフに近鉄を解雇された彼は、バッティングセンターでアルバイトをしながら復帰を目指しました。
毎日仕事が終わった後に、ピッチングマシンの中の軟球を硬球に変え、球速を140キロに設定して
打ち込みを続けたといいます。
「日当5千円。仕事の後は好きなだけ打ち込みOK」
これがバッティングセンターの主人と交わした契約だったそうです。
苦労は実り、見事南海のテストに合格。

私がこの話を知ったのは山本を知ってしばらくしてからだったのですが、いたく感動した私は、
いつしかこの選手に「こんな苦労人には絶対頑張って活躍してほしい」と思い入れを持って
見るようになってました。
以後は完全にレギュラー定着。主に2番・3番を打ち、ポジションはライト。
強肩で守備でも魅せてくれた選手でした。

'86年に初めてのオールスター出場。第1戦ではなんとMVPを獲得。
南海のホーム・大阪球場で行われた第2戦でも優秀選手賞を獲得する活躍ぶり。
スタンドには奥さんとお子さんの姿。
そしてこの夜、彼はアルバイトをしていたバッティングセンターの主人らと連れ立って飲んだといいます。
苦しい時を支えてくれた人に、晴れ舞台での活躍で恩返し…

時は移り、南海はダイエーに身売り。福岡は山本の出身地。
生まれ故郷に戻った彼はますます活躍を続け、ホークスにとってはなくてはならない選手に。
登録名を「カズ山本」に変えたのはこの頃ですね。

しかし'95年オフ、出場機会が激減した彼は、高年俸(2億円)がネックになった事もあって、
球団フロントともめ、結局またも解雇になるのです。私もこの退団には納得がいかないという思いでした。
しかし、山本は38歳にしてテストを受け、なんと一度彼をクビにした近鉄に入団。
プライドも捨てて現役選手としての道を行き続ける山本。
背番号はホークス時代の「29」をひっくり返して「92」。
「クニ(古巣=近鉄)に帰る」という意味だったそうです。

翌'96年、オールスター出場。そして何と前年までのホーム・福岡ドームで代打ホームラン!
お立ち台で涙を見せた山本。
テスト入団→オールスターでの活躍は、南海時代をなぞるようなストーリーでした。

しかし'99年に一軍での出番がなくなった彼に対し、球団は引退の花道を用意します。
福岡ドームのホークス戦。
だが山本本人は、あくまでも現役続行を希望。
納得できない思いのまま試合は始まり、マウンドにはこの時点で無傷の14連勝中の篠原。
9回表、同点の場面。山本のバットから放たれた打球は…ライトスタンドへ!
ガッツポーズを何度も繰り返しながらベースを一周する山本。
もう三塁側も一塁側も無い、福岡ドームの全ての席から大きな拍手と歓声…

試合は近鉄がそのまま勝利。近鉄選手に胴上げされる山本。再び大拍手と歓声。
ファンの声援に応え、涙を流しながら場内を一周…

「もうこれ以上感動する事なんてない」
山本は引退を決意しました。彼曰く「自動的引退」なんだそうです。

何度地獄に突き落とされながらも這い上がり、
現役にこだわり続け、波乱万丈の野球人生を歩んできた男。
それは現役引退の時まであまりにもドラマチックでした。
私が彼を表現するなら、言葉は悪いが「日本一の野球馬鹿」
本当に忘れられない名選手です。

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で「めざましどようび」で取り上げていた事なのですが、
山本は今、故郷の福岡は小倉にあるバッティングセンターで野球教室を開いています
子供達にバッティングを教える山本の姿は、実に表情が生き生きしていて楽しそうでした。
いつかこの野球教室で育った子供が成長して、ホークスに入団するような事があれば、
最高でしょうね。

…というわけで、思いのあまりこんな長い文になってしまいました(苦笑)
土曜日でないとこんな長文はありえません。明日からまた通常モードに戻ります(笑)

by takanomichi | 2004-11-14 01:19 | Hawks


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